体験談

ヤクーツク実習


Nishio Daiki
Hokkaido University, Graduate School of Agriculture, Master course 2
Period of time: 4 August, 2019 ~ 14 August, 2019
Host University :North-Eastern Federal University

私は8月4日から14日の間、ロシアのウラジオストックとヤクーツクの二都市で滞在した。今回参加したプログラムは、東部シベリアの森林に5日間宿泊し、森林の調査を行うことを目的に行われた。以下にその日誌をまとめる。

 

8/4

初日はロシアへの移動日だった。札幌から成田を経由して、夕方にウラジオストックに到着する予定だった。しかし、シベリアで大規模な森林火災が発生した影響で、深夜0時まで到着が遅れた。目的地から思わぬ洗礼を受け、早く現地を見たいという期待が高まるばかりだった。

8/5

この日は午前中にウラジオストックの市内を観光し、午後にヤクーツクへ移動した。ウラジオストックには、ソ連時代の建築物が多く残っていた。極東のヨーロッパと称されるに値する景観を持つと同時に、戦勝記念館、日本の方角を向いた護国像など、過去に日本と戦争状態にあった証拠が生々しく残っていた。人も物も障壁無く移動できる時代に訪れることが出来たことに感謝しつつ、市街観光を進めた。

ヤクーツク空港には夜に到着した。森林火災の影響か、乾燥のせいなのか、空港に降り立った瞬間から煙臭さともやを感じた。また、大量のコバエのような虫に歓迎され、キリル文字にあふれる市街を歩き、夜の9時になっても沈まない太陽を眺めながら、普段の生活とはかけ離れた場所に来たことを実感した。

水を手に宿舎へ向かう。午後9時

8/6

一日かけてヤクーツクの自然、歴史、文化についての講義を受け、それらの基礎的な知識を身に着けた。講義の後に自己紹介と歓談の時間があり、現地の学生たちと打ち解けることが出来た。夕食は近くのカフェで摂った。全体的に価格は安く、一食300円程度で食べることが出来る。当然英語は通じないため、指差しとたどたどしいロシア語での注文となった。材料は不明だったが、おいしくいただくことが出来た。

8/7

この日は午前中に講義、午後にSpasskaya Pad試験林へ向かった。試験林では2007年に起きた大雨の爪痕を確認することが出来た。また、日本の森の植生と全く異なる景色を見ることができた。ヤクーツクは降雨量がとても少ないため、生育できる植物がとても限られている。そのため林床にはコケモモやウラシマツツジ等、背丈の低い植物で覆われており、とても開けていた。宿舎はヤクーツクの伝統的な山小屋「バラガン」に毛布を敷いたもので、とても快適に寝ることが出来た。

草丈の低い、開けた林床が広がる森林

8/8

午前中は森の中を歩き、樹木の伐倒の見学、午後には樹木の葉の採集を行った。樹高約20mのカラマツを伐倒し、その重さの計測、枝葉の採集を行った。直径30㎝程度しかない樹木だったが、樹齢約300年の木だと教えられ、日本と異なる厳しい土地である

ことを改めて知った。

森での作業を終えると宿舎に戻り、ひたすら木の枝から葉をむしり取り、集める作業を行った。作業自体はとても退屈なものだったが、同じ作業をした日本人学生、留学生と存分にしゃべることができ、とても有意義な時間を過ごした。

 

8/9

森林土壌の掘削を行った。掘削は永久凍土が露出するまで、深さ約1.2m掘り進めた。砂と泥が中心のとても堀りやすい土壌だったが、永久凍土はとても固く、スコップで掘ることは全くできなかった。そのため永久凍土に到達したときはその硬さをもって知ることとなった。実際に触るととても冷たく、永久凍土を肌で感じたことにとても感動した。

夜にはロシア式のサウナ「バーニャ」を体験した。ロシア学生達と叫び、カンバの枝葉で体を叩き、小屋の隣にある池から汲んだ水をかけあって、存分に楽しんだ。試験林にきて3日目、初めて身を清めることができ、とてもすっきりした。

8/10

互いの国文化を紹介するカルチャーイベントを行った。ロシア学生はヤクーツクの伝統的な礼装に着替え、木片を使った伝統芸能を紹介してくれた。また、マス・レスリングと呼ばれる力比べ競技を紹介し、日本学生とロシア学生で勝負した。「力は正義」といった風潮があるのか、後者の競技はロシア人が大いに盛り上がっていた。日本学生は手押し相撲、中国学生は中国で流行している知能ゲームをそれぞれ紹介し、とても楽しいひと時を過ごした。

礼装を着た現地学生と撮影

8/11

過去に洪水があり、永久凍土が溶解した地点を見学した。湿地状になっており、多くの樹木が枯れている様子を確認できた。午後は宿舎の片づけ、試験林の撤収を行った。水道がなくシャワー、トイレ、蛇口が存在しない、電波が無くインターネットが使えない、常に大量の蚊に襲われていた、そんな過酷な場所であったが、いざ撤収するとなるととても名残惜しかった。5日間で仲良くなった宿舎の犬たちに最後の挨拶をし、試験林を後にした。

 

8/12

蛇口をひねるとお湯が出る。こんな当たり前のことを目前にし、思わず「お湯が!!」と叫んでしまった。この日は日本とロシアの学生でチームを組み、試験林でとったデータをまとめ、スライドの作成を行った。私の英語力もロシア学生の英語力もあまり高くなかったが、これまでの共同生活でコミュニケーションをとっていたため、意思の疎通は上手く行った。過酷な環境での生活だったため、コミュニケーションの取り方をより理解することが出来たのだろう。

 

8/13

このプログラムの集大成であるプレゼンテーションの発表を行った。すべての班がうまく発表を行うことができ、とても安心した。プレゼン発表の後はヤクーツクの歴史博物館に訪れ、歴史と文化について学んだ。特に近代のコーナーはソ連時代を象徴する赤で内装され、戦争の悲劇を詳細に伝えていた。夜にはヤクーツク料理のレストランでパーティーが行われた。どれもおいしかったが、「馬の胃のスープ」はにおいがとてもきつく、食べづらかった。しかし、ロシア学生は「Вкусно(おいしい)」と言って食べていたため、気合を入れて完食した。最後の方はおいしく感じることができたと思う。

 

8/14

日本へ帰るため、1:30AM宿舎を出発した。ロシア学生と別れた実感がようやく感じ取れるようになり、もっとしゃべっておくべきだったととても後悔した。一緒に講義を受けたうちの数人は日本に来るとのことだったので、その時を楽しみにヤクーツクを離れた。

留学前、語学の向上を目的に本プログラムに応募した。この目標は、予想をはるかに上回る基準で達成することが出来た。2週間に満たないとはいえ、ロシア学生と長時間共同生活を送り、会話する機会が多くあったことがその要因だと考えている。また、実際に森の中を歩き、植物等の自然に触れ、それらの経験をロシア学生と共有できたことは、私とロシア学生の心理的な距離をとても縮めてくれた。今後もメールや電話、現地への訪問を通して、交流を積極的に図っていきたいと考えている。

最後になりますが、本プログラムを進行頂いたRJE3スタッフの方々、引率頂いた杉本敦子先生と研究室スタッフの方々、同じプログラムを受けた学生方に御礼申し上げます。ありがとうございました。